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長野地方裁判所 平成11年(行ウ)4号 判決 2000年6月23日

原告

髙木延枝

右訴訟代理人弁護士

高井章吾

尾﨑達夫

鎌田智

伊藤浩一

金子稔

被告

佐久税務署長 青木優

右指定代理人

小原一人

赤池昭光

服部重雄

宮澤憲司

降籏元

吉村正志

渡邊雅行

主文

一  被告が平成七年二月六日付けで原告に対してなした相続税にかかる重加算税賦課決定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件事案の概要及び争点

本件は、原告の兄である亡荻原孝一(以下「被相続人」という。)の死亡による相続(以下「本件相続」という。)にかかる相続税についで被告が平成七年二月六日付けでなした重加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)は、国税通則法六八条一項所定の重加算税の課税要件たる「隠ぺい又は仮装」が存しないのに、これが存するものとしてなした違法な処分である旨主張して、本件処分の取消しを求める事案である。これに対し、被告は、相続財産のうち被相続人名義の預金について「隠ぺい又は仮装」があったとして本件処分は適法である旨主張する。

したがって、本件の争点は、原告が、被相続人名義の預金を「隠ぺい又は仮装」した事実があったか否かである。

二  判断の前提となる事実

1  本件処分に至る経緯

(一) 亡荻原馬吉(以下「馬吉」という。)は、平成二年一二月五日に死亡し、馬吉の子である被相続人(長男)、土屋一枝(長女、以下「一枝」という。)、原告(二女)、荻原敏孝(三男、以下「敏孝」という。)及び荻原直枝(三女、以下「直枝」という。)の五名が共同相続人となった。

(二) 被相続人は、平成三年一一月二〇日に死亡し、被相続人の兄弟姉妹である一枝、原告、敏孝及び直枝の四名が共同相続人となった。

(三) 一枝、敏孝、直枝の三名は、生前被相続人の顧問税理士をしていた星武典税理士(以下「星」という。)に本件相続にかかる相続税の申告を委任し、法定納期限の最終日である平成四年五月二〇日に申告書を共同で提出した。右申告書には原告の氏名も記載されていたが、右申告書に原告の押印はなかった。原告を含む右相続人全員の申告相続税額は同日納付された。

(四) 原告は、本件相続にかかる相続税につき、法定納期限後である平成四年一〇月五日に、後述の本件各預金を相続財産に計上しないまま、共同相続人の申告書の控えに押印し、生前馬吉の顧問税理士をしていた本間美邦税理士(以下「本間」という。)に委任し、納付すべき税額を三二九六万九一〇〇円として期限後申告(以下「本件期限後申告」という。)をした。

(五) 被告は、平成四年一〇月九日、原告に対して本件期限後申告にかかる無申告加算税として四九四万四〇〇〇円の賦課決定処分を行い、右賦課決定処分は不服申立てがされることなく確定した。

(六) 平成五年一月二六日、関東信越国税局の職員が、長野県北佐久郡御代田町の馬吉の生前の住所地(以下「御代田の本宅」という。)に臨場して本件相続にかかる相続税に関する調査を実施し、平成六年四月二八日、原告は、被告に対して納付すべき税額を五億二四八二万一二〇〇円とする本件相続税の修正申告を行い、平成七年二月六日、被告は原告に対して本件処分を行った。

2  本件処分の金額及び計算根拠

(一) 重加算税の基礎となる金額 二億八六三三万円

本件修正申告により増加した納付すべき税額四億九一八五万二一〇〇円から、右納付すべき税額のうち長野商銀信用組合東部町支店の普通預金一七一万八〇〇三円、定期預金二口で合計一五億〇一五四万一二二八円(以下合わせて「本件各預金」という。)、未収利息二七六万四四八二円及び本件各預金の原資となった借入金支払利息七二三〇万一三七〇円がなかった場合の税額二億〇五五一万八一〇〇円を控除した金額(国税通則法一一八条三項の規定に基づき一万円未満の端数切り捨て後のもの)である。

(二) 重加算税の額 一億一四五三万二〇〇〇円

国税通則法六八条二項の規定に基づき右(一)の金額に一〇〇分の四〇の割合を乗じて算出した金額である。

3  本件処分及びその後の不服申立ての経緯は別表一のとおりである。

三  本件処分の違法性に関する当事者双方の主張

1  被告

(一) 本件各預金の存在に関する認識及び隠ぺい又は仮装の意図

以下の各事情によれば、原告は、遅くとも本件期限後申告よりも前の時点で、本件各預金の存在について、その具体的金額を含めて認識していたものであり、また、佐久税務署に相談に訪れた際及び本件期限後申告をした際に、隠ぺい又は仮装の意図を有していたものといえる。

(1) 平成三年一一月二一日、御代田の本宅で行われた被相続人の通夜の際、原告は、被相続人の知人の神田英機(以下「神田」という。)から、直枝に「チョウギン」(長野商銀信用組合のこと、以下「長野商銀」という。)の預金証書を渡してきたこと、「チョウギン」の預金証書は二枚あり、金額は一枚は一〇数億円でもう一枚は数億円で合わせて一六億円程度であるとの説明を受けた。

(2) 平成三年一二月一五日、原告は、神田から、「チョウギン」にある被相続人名義の預金は、被相続人がミサワホームに森泉山を一〇〇億円で売却した際の売却代金を原資としていること、被相続人が「チョウギン」に預金をする際に直枝と一枝が反対し、八十二銀行に預金するように強く要望していたとの説明を受けた。

(3) 平成三年一二月二〇日ころ、原告は、原告の叔父である荻原忠雄(以下「忠雄」という。)から、被相続人が森泉山の売却代金としてミサワホームから受領した七四億円のうち一六億円を「チョウギン」に預金したことなどを聞かされた。

(4) 平成四年一月ころ、原告は、敏孝から本件各預金を八十二銀行に移すことにつき打診された際、相続人四人で均等に分割しないのであれば同意できないと答えた。

(5) 平成四年七月一〇日、原告は、「チョウギン」とは長野商銀のことであると考え、長野商銀に電話をして被相続人名義の預金について照会した。

(6) 平成四年七月一六日、原告は、星から共同相続人の申告書の写しを受領し、本件各預金が相続財産には計上されていないことが判明したため、本間に相談したところ、「契約はどうあれ孝一の名義で実際に預金が存在している以上は申告しなければならないものであり、今回の相続税の申告については問題がある。」、「これは大変なことになる」と説明され、共同相続人の申告には重大な誤りがあることを指摘された。

(7) 原告は、同年七月一七日、長野商銀に対し被相蔵人名義の預金残高証明書の発行を依頼し、平成四年八月二日、長野商銀から送付された残高証明書により、神田及び忠雄から聞いていた「チョウギン」の被相続人名義の定期預金一六億円とは、一四億七六七二万四六七四円及び二四八一万六五五四円の各定期預金であり、その他に長野商銀には被相続人名義の普通預金一七一万八〇〇三円が存在することを確認した。

(二) 原告の隠ぺい行為

右のように、原告は、本件各預金が相続財産であることを認識しており、本件期限後申告に際し、本件各預金を相続財産として計上しないことが虚偽過少の申告となることを十分認識していたものである。

しかるに、原告は、平成四年七月二二日、税務相談のため佐久税務署を訪れた際、本件各預金の存在に全く触れることなく、かえって「原告の考えている相続財産と他の相続人がした申告の内容は何かどこか違うのですか。」との担当官の質問に対して、本件各預金が相続財産から除外されている事実を秘し、税金が払えないことを理由に本件各預金の存在を隠ぺいした。また、平成四年一〇月五日、本件期限後申告に際しても、当初から過少に申告する意図の下に、本件各預金が共同相続人の申告書の写しに相続財産として計上されていなかったことを奇貨として、その状態を利用し、あえて本件各預金を相続財産から除外したまま共同相続人の申告書の写しに押印した上で提出した。

このように、原告は、本件各預金の存在を秘し、所得の金額を殊更過少にした内容虚偽の申告書を提出したものであるから、事実の隠ぺいが存在したといえる。

2  原告

(一) 本件各預金に関する原告の認識

原告は、他の三人の兄弟姉妹との間で、本件相続の遺産分割を巡って対立しており、相続財産についての資料が直枝や星の手元にあり、直枝も星も情報の開示をしてくれなかったことから、相続財産の内容を全く把握できず、本件各預金の存在を知ったのは申告期限の最終日である平成四年五月二〇日であり、本件各預金の金額を知ったのは、同年八月二日である。しかし、その時点においても、本件各預金の原資が何であるかについて全く知り得ず、本件預金が孝一個人のものであることを知ったのは、平成五年六月二五日にミサワホームから原告ら相続人に貸金請求事件が提起された後である。

(二) 隠ぺい又は仮装の不存在

(1) 原告は、本件相続に関する申告を星に依頼したが、星は、本件各預金を相続財産に計上することなく、かつ、殊更原告についてのみ押印しないまま申告書を提出し、原告は無申告となった。その後、原告は、再三の要請により、平成四年七月一六日に至り、遺産分割協議書に署名押印することを条件として、写しの交付を受け、星から、当初から修正申告をする予定であったとの説明を受けた。

(2) 原告は、申告書の写しを交付されたことにより、無申告であることを知り、本間や星と連絡を取るうち、無申告加算税が課せられることを聞いたため、税務署に押印漏れの扱いとして課税がされない様にしてもらうことを依頼し、また、自己に交付された写しが実際に他の相続人らがした申告と一致しているかを確認するために、佐久税務署を訪れた。しかし、同署においては、提出済みの申告書にこれから押印することはできないこと、一日でも遅れれば無申告の扱いになること、相続税の納付はされているが無申告のままで放直されれば納付された税金を還付し延滞税も課せられることになること、同一申告書に記載されている以上相続人ごとに異なる申告はできないことなどの説明を受けた。

(3) その後も、星は一向に修正申告を行わなかったため、原告は、平成四年九月一一日、星に対し、修正申告をしたか否かを問い詰めたが、星は税務署の調査が入ったら返答するし、まだできていないと答えるだけであった。他方、佐久税務署の松本係官からは、一人だけ内容の異なる申告をすることはできないし、あまり長期間そのまましておくと納付された税金は納付した人を捜して還付することになり延滞税も課せられるといわれた。そのため、原告は、平成四年一〇月一日、本間に相談して修正申告を依頼したが、本間から、星が相続税の修正申告の予定をしており、必要な資料が星の下にあることから、星に正しい申告をしてもらうのが最善の方法であるというアドバイスを受けた。そこで原告は、やむをえず星の作成した申告書に押印をし、本間に佐久税務署への提出を依頼した。

(4) その後も、星は一向に修正申告をする気配がなかった。そこで、原告は、平成四年一二月二七日、本間を訪ね、本間の方で、申告という形でなくても、本件各預金の存在を佐久税務署に通告してもらうように依頼し、平成五年一月七日にも本件各預金の残高証明書を持参した上、重ねて通告を依頼した。

また、平成四年一二月の馬吉の三回忌の際には、敏孝が本件各預金を八十二銀行に移したいと考えていることを述べたが、原告は、税金の関係がはっきりするまで預金には手を付けない方がよい旨述べている。

(5) 以上のとおり、原告には、本件各預金につき隠ぺい又は仮装の意図は存しなかったものである。

第三当裁判所の判断

一  「隠ぺい又は仮装」の意義

国税通則法六八条一項において、重加算税は「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎になるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき」に賦課することができると規定されている。

そして、その「隠ぺい」又は「仮装」とは、単に認識をもって過少申告をするのみでは足りず、「過少申告行為そのものとは別に隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がなされたことを要する」が、「架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合」すなわち、「殊更の過少申告」をした場合には、「重加算税の賦課要件が満たされる」と解すべきである(最高裁判所第二小法廷平成七年四月二八日判決、最高裁判所第三小法廷平成六年一一月二二日判決参照)。

そこで以下、本件について検討する。

二  本件における認定事実

証拠(甲第一七号証ないし第二二号証、乙第一号証ないし第一〇号証、第一四号証ないし第二二号証、証人松本守幸、高木義徳及び本間美邦の各証言並びに原告本人尋問の結果)によれば以下の事実が認められる。

1  被相続人死亡の翌日である平成三年一一月二一日、御代田の本宅で被相続人の通夜が行われた際、原告の長男である善徳は、被相続人の知人であった神田から、「院長(被相続人)から大きな額の定期預金証書を預かっているがどうしたらよいか。」などと相談を受け、長野商銀の被相続人名義の額面一四億七六七二万四六七四円及び二四八一万六五五四円の各定期預金証書を見せられた。右証書を確認した善徳は、「母に相談してみてはどうか」などと言ったが、馬吉の財産の管理について詳しい直枝が管理すべきだと思い、「直枝おばさんに預けた方がいいのではないか」と話した。神田は、各定期預金証書を直枝に手渡した後、原告に対し、直枝に「チョウギン」の預金証書を渡してきたけれど、預かり証はもらえなかった旨、また、「チョウギン」の預金証書は二枚あり、金額は一枚は一〇数億円でもう一枚は数億円で、合わせて一六億円程度である旨説明した。

2  平成三年一二月一五日、原告は、自宅において、神田から、「チョウギン」にある被相続人名義の預金は被相続人がミサワホームに森泉山を売却した際の売却代金一〇〇億円を原資をしていること、被相続人が「チョウギン」に預金する際に直枝及び一枝が反対し、八十二銀行に預金するように強く要望していたとの説明を受けた。

3  平成三年一二月二〇日ころ、原告は、森泉山の売却についてミサワホームとの交渉の窓口となり、また、契約内容や資金の流れも熟知していた忠雄から、ミサワホームとの契約の内容や資金の流れについての説明を受け、被相続人が森泉山の売買によりミサワホームから平成三年六月及び同年九月の二回に分けて合計七四億円を受け取ったが、そのうち三三億円を住友銀行の借入金返済に、一五億円を利息の支払いにそれぞれ充て、一六億円を「チョウギン」に、五億円を八十二銀行にそれぞれ預金し、残りの五億円は被相続人が何に使ったかわからない旨の説明を受けた。

4  平成四年一月ころ、敏孝は、一六億円の預金を八十二銀行に移すことを直枝や一枝に提案し、原告にもその旨打診したところ、原告は、相続人四人で均等に分けないのであれば同意できないと言われ、右の預金を八十二銀行に移す話は立ち消えになった。

5  原告は、本件相続の遺産分割を巡って他の三人の兄弟姉妹と対立していたため、三人が相続税の申告を委任している星に依頼する訳にいかず、長年馬吉の顧問をしていた本間に本件相続税の申告を依頼したが、相続に関する資料が全て直枝や星の手元にあることを理由に、本間から依頼を断られた。そこで原告は、申告納期限最終日である平成四年五月二〇日の直前、星に申告を依頼したが、案に相違して星が提出した申告書には原告の押印がなく、原告についてだけ申告期間を徒過する結果となった。

6  平成四年七月一六日、原告は、星から、本件各預金を計上していない共同相続人の申告書の写しを受領し、遺産分割内容や詳細については不完全な部分があるので修正申告をする予定だとの説明を受け、その足で本間の事務所に赴いた。原告は、本間に対し、右申告書の控えを見せながら、本件各預金が相続財産として計上されていないことについて相談したところ、本間は、「ミサワホームとの契約がどうあれ、被相続人個人の名義で実際に預金が存在している以上は申告しなければならない。今回の相続税の申告については問題がある。」「これは大変なことになる。」と言い、共同相続人の申告には重大な誤りがあることを原告に指摘するとともに、原告の押印がされておらず申告がされていない点について、一度税務署に行って話を聞いてみるようアドバイスした。

7  平成四年七月一七日、原告は、「チョウギン」とは長野商銀のことであると考え、長野商銀に対し、平成三年一一月二〇日現在の被相続人名義の預金残高証明書の発行を依頼した。

8  平成四年七月二二日、原告は善徳とともに佐久税務署を訪れ、同税務署職員の松本守幸と面談し、他の三人の相続人が既に提出した申告書の内容を教えてくれるよう申し入れたが、守秘義務を理由にこれを拒否され、原告については現在無申告の状態であり申告書に押印を追加することはできないこと、原告分を含む本件相続税が既に全額納付されていて、原告の無申告の状態が続けば将来納付した者に返還せざるを得なくなることの説明を受け、他の相続人とよく話し合って申告をするように言われた。その際、原告は、本件各預金を話題にすることはなかった。

9  平成四年八月二日、原告は、長野商銀から送付された残高証明書を入手し、本件各預金の名義人が被相続人であること及びその正確な金額を知った。

10  その後原告は、本間に対し、本件各預金を相続財産に計上した正しい申告書の提出手続を依頼したが、資斜がないことや星が正しい修正申告をすると言っていることを理由に断られ、平成四年九月一一日には星にも連絡を取り正しい修正申告を早急にしてくれるよう求めたが、星はよくわからないところがあるので、調査を待って修正申告する旨述べるばかりであった。思い余った原告は、平成四年一〇月一日、再び本間に相談した結果、とりあえず星の作成した申告書の控えに押印して提出しておき、星が正しい修正申告するのを待つ方がいいでしょうとアドバイスを受け、本間に依頼して本件期限後申告書を提出した。

11  平成四年一二月の馬吉の三回忌の際、敏孝が本件預金を八十二銀行に移したい旨述べたが、原告は、税金の関係が確定するまでは預金に手を付けるべきではないと述べた。

12  その後も星は修正申告をする気配がなかったため、原告は、平成五年一月ころ、本間に対し、本件各預金の存在を佐久税務署に通告してくれるよう依頼したが、本間は、星が修正申告をすると言っているのでそれを待つべきであるとして、これを断った。

13  その直後の平成五年一月二六日に税務調査が入り、原告は平成六年四月二八日に修正申告を行った。

三  原告の本件各預金の存在に関する認識

右の認定事実によれば、原告は、佐久税務署に赴く前の平成四年七月一六日の時点において、被相続人名義の本件各預金が存在すること、その預金を本件相続税の申告に際し相続財産として計上しなければ違法であるとの認識を有しており、本件期限後申告の前の平成四年八月二日の時点において、本件各預金の正確な金額を知ったことが認められる。

四  「隠ぺい又は仮装」の有無

原告が本件各預金に関し「隠ぺい又は仮装」した事実の有無について検討する。

被告は、原告が平成四年七月二二日に佐久税務署を訪れた際、既に本件各預金が存在してこれが相続財産に当たることの認識を有していながら、本件各預金の存在を秘匿したことや、本件期限後申告に際して、本件各預金を記載していない申告書を提出したことに照らし、殊更に過少申告をしたものとして「隠ぺい」の事実があった旨主張するところ、前記のように、「隠ぺい又は仮装」に該当する事実があったというためには、単なる認識ある過少申告行為では足りず、「殊更の過少申告」が行われたことが必要である。

1  そこで、まず、原告が、佐久税務署で本件各預金の存在を税務署員に告げなかったことについてみると、そもそも原告が佐久税務署を訪れたのは、当時はいまだ原告の本件相続に関する相続税の申告がなされていない状況であり、相続財産についての情報が得られないことから他の納税者の申告の内容を確認したり、無申告加算税について問い合わせをし、場合によっては押印を追完して申告期限内に申告をしたことにしてもらったりすることを目的としたものであって、申告のように納税義務者側から納税額等を明らかにし、あるいは調査のように税務当局側からの納税額等に関する質問に答えることを目的としたものではないこと、また、その態様においても、単に原告の方から本件各預金の存在を話題にしなかったというに止まり、税務署側から本件各預金の存否を尋ねられてこれを否定したというのではないこと、さらに、後述のとおり、このころから本件期限後申告までの間、原告は一貫して本件各預金を計上した正しい申告をするための行動をしていたことをも併せ考えると、原告が本件各預金の存在を税務署員に告げなかったことをもって、本件各預金を相続財産から除外してこれを隠ぺいする意図を持って隠ぺい行為をしたと評価することはできず、他に原告が税務署員との面談において隠ぺい行為に出たことを認めるに足りる証拠はない。

2  次に、原告が本件各預金を計上しないで本件期限後申告をした点についてみると、前認定のとおり、原告は、他の兄弟姉妹との間で遺産分割を巡って対立していたことから、本件相続に関する申告手続を本間に依頼したいと考えていたが、本間から申告に要する相続財産に関する情報を得られないとして断られたため、やむを得ず、他の兄弟姉妹が依頼していた星に委任したところ、結局は原告についてのみ無申告となった申告書の控えを見て、本件各預金が計上されていないことを知った。原告は、本間から、本件各預金を計上しなければ違法であると聞かされ、これを計上した正しい申告をしようと考え、星のみならず本間に対しても正しい申告をしてくれるよう依頼したが、星はこれを実行せず、本間からは、資料がないなどの理由で断られ、無申告の状態を解消するためにとりあえず申告書の控えに押印をして提出しておき、後日星が修正申告をするのを待つ方がいいでしょうとの本間のアドバイスに従い、提出手続だけを本間に依頼して本件期限後申告をしたものである。このように、原告は、本件各預金を計上した正しい申告をする意思を有していたのに、そのための資料が存在しないことなどのため、後日修正申告をするつもりでやむを得ず本件期限後申告をしたものであって、本件期限後申告の際に隠ぺいの意図があり、殊更に過小な金額を申告することにより課税を免れようとしたの事実を認めることはできない。

3  被告は、原告質問てん末書(乙第一八号証)において、原告が「商銀の預金を星さんから受け取った申告書に加算して申告すると税金が払えないというような理由から、とりあえず、すでに納まっている分の申告書を提出したのです。」「お金がなかったので申告できませんでした。」と供述し、また、「私は、星さんから受け取った孝一(被相続人のこと)の申告書だけを申告すればよいと思っていたからです。預金があるということはわかっていたが商銀の預金を財産に加えて申告するということは全然考えていませんでした。」と供述している点を指摘する。

しかしながら、後者については、右供述部分の二丁後に「星会計事務所に平成四年九月頃行き、そのおり孝一の申告には不備があるので後で申告をしなおすという話を星さんがしました」と、三丁後に「私としては、不備なことで孝一の申告をしなおすということは商銀の預金が申告になっていないということではないかと思っていました」との供述部分があり、前者については、右の供述部分の直前に「星さんに後で申告しなおすというようなことを聞いていたことと」との供述部分があることが認められることに加え、本間が、当裁判所において、「原告は、本件期限後申告に至るまでの間、一貫して、本件各預金を計上した正しい申告をしたいとの意思を有していたし、そのための手続をしてくれるよう自分に依頼した」旨明白に証言していることからすると、被告の指摘する供述部分から原告に隠ぺい行為があったと認定するには証拠不十分と言わざるを得ない。

4  その他、本件全証拠を検討してみても、原告が隠ぺい又は仮装行為をしたとの事実を認めることはできない。

第四結論

以上の次第で、本件処分は国税通則法六八条一項所定の「隠ぺい又は仮装」の要件を欠く違法な処分でありこれを取り消すべきであるから、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤公美 裁判官 廣澤諭 裁判官針塚遵は転補のため署名することができない。裁判官 佐藤公美)

別表一 本件課税等の経緯

<省略>

平成一二年六月三〇日判決言渡・同日原本交付 裁判所書記官

平成一一年(行ウ)第四号重加算税賦課決定処分取消請求事件

変更判決

東京都渋谷区上原二丁目四四番八号

原告 髙木延枝

右訴訟代理人弁護士 高井章吾

同 尾﨑達夫

同 鎌田智

同 伊藤浩一

同 金子稔

長野県佐久市岩村田字一二〇一番地二

被告 佐久税務署長

青木優

右指定代理人 小原一人

同 赤池昭光

同 服部重雄

同 宮澤憲司

同 降籏元

同 吉村正志

同 渡邊雅行

当裁判所は頭書事件について、平成一二年六月二三日判決言渡しをした(以下「本件判決」という。)が、右判決に法令の違反があることを発見したため、民事訴訟法二五六条に基づき、次のとおり変更判決をする。

主文

一 被告が平成七年二月六日付けで原告に対してなした相続税にかかる重加算税賦課決定処分のうち、納付すべき税額四二九五万一〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は被告の負担とする。

理由

当裁判所は、本件判決において、原告の請求を認容して本件重加算税賦課決定処分の全部を取り消す旨の判決をしたが、国税通則法六八条二項は、「無申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に百分の四十の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。」と規定しているところであって、右条項によれば、重加算税の賦課要件についてのみその全部又は一部が否定された場合には、無申告加算税相当部分を維持し、これを超える部分のみを取り消すべきと解されるところ、本件においては、申告期限内に申告がなされていないことについては当事者間に争いがなく、争点たる重加算税の賦課要件である「隠ぺい又は仮装」の存否につき、これが存しないとの認定をしたのであるから、無申告加算税相当部分を維持し、これを超える部分のみを取り消すべき場合に該当するため、本件判決は右法令に違反することとなる。

しかるところ、本件においては、別表三のとおり、本件修正申告により新たに納付すべき税額の全額に隠ぺい又は仮装の事実がないものとした場合の無申告加算税の基礎となる税額は、<10>の四億九一八五万〇〇〇〇円であり、本件において重加算税が取り消された場合に原告が納付すべき無申告加算税の額は、右金額に一五パーセントの割合を乗じた金額である<11>の七三七七万七五〇〇円である。とすると、本件において賦課した重加算税のうち「隠ぺい又は仮装」がないものとした場合における無申告加算税の金額は、右<11>の金額から<18>の三〇八二万六五〇〇円を差し引いた四二九五万一〇〇〇円となる。

したがって、本件処分は国税通則法六八条二項所定の「隠ぺい又は仮装」の要件を欠く処分で、四二九五万一〇〇〇円を超える部分の限度でこれを取り消すべきことになるから、主文のとおり変更判決をする。

長野地方裁判所民事部

裁判長裁判官 佐藤公美

裁判官針塚遵は転補のため署名することができない。

裁判官 廣澤諭

裁判長裁判官 佐藤公美

別表三

本件賦課決定処分時の重加算税及び無申告加算税の計算表

<省略>

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